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自分の人生のスイッチは自分で押そう(5月の定例講座)

(ご感想①)5月の定例講座は、『自分の人生のスイッチは自分で押そう』というテーマでした。 岡山さんの講座は、優しく、時にはコミカルな語り口にのって、どこにでもありそうな例や、参加者が体験した事柄がアドラー心理学の考え方で解きほぐされていく、その間に、気づきや学びがやってきます。  「人生のスイッチを誰かに握られているなぁと思ったこと、なにかありましたか?」 私の父は、かかりつけの内科医に20年程リウマチの薬を処方されていました。「もうリウマチの症状は出ていないのに…こんな薬、要るのかなあ。でも、先生が飲みなさいというのだから、飲んでおくか」と言いながら服用していました。その内「肺気腫」の薬も処方されました。ある日間質性肺炎に罹りました。別の病院で肺炎の治療を受け、担当医からリウマチの薬の副作用で肺炎になったから、この薬は止めましょうと説明されました。炎症は治ったものの肺そのものがダメージを受け、少し動くと息苦しくなります。息苦しくなったら、ベッドに寝て休むしかないので、家の中にいることが多くなりました。筋肉が落ちて体重も増えません。 リウマチの薬を飲むのを止めて2年半、リウマチの症状は再発せず、医者がなぜ必要のない薬を処方し続けたのかわかりません。

父は、薬に関して、スイッチを医者に預け、結果は父の身に降りかかりました。私は医者のせいだ、と思ったけれど、事態は何も良くなりませんでした。 
「自分でこうするって決めましょう。そして、その結果をちゃんと引き受けてください。」 結果が私にふりかかる私の課題なら、指図・助言する人が医者だろうと先生だろうと、自分でも情報集めて自分で考えて自分で決めよう!と思いました。 
それにしても、せっかく父は自分の身体の様子(薬を飲まなければならないような症状がそもそも無い)に気づいていて私につぶやきを聞かせており、私は薬に関する情報を収集することができたのに、肺炎発症するまで父の薬について深く調べなかったことが悔やまれます。

「後悔してグジグジしてもいいんですよ」と、岡山さん。 後悔しよう・グジグジしようと決めるのは自分、グジグジしたことで事態が好転したかどうか判断するのも自分。グジグジして気持ちがすっきりする人もいるし、すっきりしない人もいる。すっきりしなければ、グジグジするのを止めて他の方法を試そう。 岡山さんのことばは優しくて、きっぱり歯切れ良いです。 また、父に私のスイッチを握らせないことも学びました。 「私が薬の勉強をしていれば、間質性肺炎発症前に薬の服用を止めるように助言できたのに。不肖な娘を持ってかわいそうなお父さん。」と考えても父のためにも私のためにもならないのです。 同情や憐れみの感情を使わずに父を理解するようにして、目的論で考え、決心も行動も主語は「私」。 
一人暮らしは辛いことも多くなってきたけれど、母の供養のために、施設ではなく、自宅に住みたいと言う父のために、離れて住んでいる私ができることは何でしょう。まず父ともっともっと話してみようと思います。 
アドラー心理学で考えると、モヤモヤした事象がすっきり明快に見えるから不思議です。 たくさん学べて、さらに同情・共感・理解に対応する英単語の勉強もできて、とってもお得な2時間でした。 (by なべ)(ご感想②)自分のスイッチは自分で押そう
旦那さんに 委ね自分で押さないようにするだけじゃなく、 自分で押してるつもりのスイッチの中でも、母としては、とか、こうするべきだよねぇ、とか、世間体などなど…押し方が危うい時がある!とビックリしました。(by くろ)

その行動の目的はなんだろう?(5月フォローアップ&輪読会)

 いつものようにエピソード分析の後に、「子どもの協力をかちとる」という書籍の輪読会をしました。そこでの学びは「目的論」です。授業中に大きな声をあげる少女の事例から、彼女は何をしたかったのか、そして彼女は楽しそうではない、私たちは何ができるか考えようというものです。彼女は楽しそうではない…と考えるところが私は気に入りました。さて、それを日々の支援場面に当てはめて考えてみます。先日、男性の利用者さんが、私に告白してくれたことがあります。衝撃的な告白です。「髙橋さん、便器でおしり洗っちゃった。○○さん(担当職員)怒る?」私の場合は負の注目をするというよりも、笑いで注目してしまうという欠点があります。でもどんな注目でも、その行動に注目をするとその行動は強化されてしまいます。そこで冷静に冷静に、聞きました。「おしり汚れちゃった?」彼は小さくうなずきました。彼の場合、何がしたかったのかなぁ…という質問ではなかなか答えていただけません。そこで思いあたることを目的にして聞いてみました。もしかしたら、汚してしまったという段階で何か罪の意識を持っていたのかもしれません。その中で今回の行動は、彼にしてみたらベストな選択だったのだと思います。思い返すと、私も同じようなことを考えたことがあったような気がします。目的論、彼の目的を確認してから、彼に必要な支援を考えます。写真は、パセージフォローアップの後のアドラー流ランチです。今日は吉祥寺天ぷらわかやまさんにて。

講座「心を折るのは私自身」開催しました

アドラー心理学を学ぶ定例講座第一回目、アドラー銀杏の会から岡山恵実カウンセラーさんをお迎えして、6名の参加者で開催しました。「心を折るのは私自身」・・・おやおやおや? 心は、私が自分で折るってこと?誰かに折られたり、傷つけられたりってするじゃない?いえいえ、そうじゃないんですって!アドラー心理学では、人にはいつも目標があって、それに向かって行動をすると考えています。これが例外なくすべてなんです。今回は、全ての参加者がパセージを受講済みの方ばかりでしたので、ああ、なるほど、パセージのあの部分は、アドラー心理学のこの理論に基づいたものだったのね〜と改めて気がついたりしました。内容はアドラー心理学の基本5前提に。基本5前提とは⑴個人の主体性⑵目的論⑶全体論⑷仮想論⑸社会統合論の5つ。このすべてがシステムとして動いているのがアドラー心理学の理論の骨格なのです。ひとつひとつ、どういうことを表しているのか丁寧に説明していただき、納得するやら頭を抱えるやらです。さて、肝心の「心を折るのは私自身」ですが、どういうことかというと、いつも私たちは目標に達していなくてマイナスである自分から理想であるプラスの自分に向かって行動をしています。つまり、『心が折れた』『傷ついた』と考えて、落ち込んだりしたりすることで、何か目標を達成しようとしている、ということ。どんな目的があるかというと、さまざまなものがあるそうですが、「ああ、私ってこんなにダメな人間なのよ」と考えて、罪から逃れようとする免罪。「私のせいじゃないも〜ん」と考えて、責任から逃れようとする免責。「こんなはずじゃない、私は間違ってない!」と考えて、正しさを主張する正当性の証明。ギョギョギョ!や、やってるかもしれない・・・(汗)さぁ、もうこのロジックを知ってしまったからには、明日から自分への言い訳は通用しません。「社会の資源を消費するばかりではなくて、自分が何か行動する。それが世界を回しているんです、ぐじぐじうじうじ、自己勇気くじきをしているヒマなんてないんですね。」それを聞いたときに、下や後ろばかり見ていたのが急に視界が開けたような、そして自分が決めて自分にできることから行動することができる、未来に希望を感じることができました。そうだ、世界は私たちひとりひとりが作っているんだ!2時間の間、質問たっぷり、おしゃべりもたっぷりで、くすのきの会@吉祥寺らしく明るく、そして奥深く学びを進めることができたと思います。次回の定例講座②は5月25日(金)10:00~12:00テーマは「自分の人生のスイッチは自分で押そう」です。どなた様もご参加いただけます。お申し込みはこちらまで。春のパセージ 引き続きメンバーさん募集中!10:00スタートで、さらにゆったり開催になりました!

キラキラの先に見えてくるもの(3月パセージプラスフォローアップ)

3月8日、パセージ・プラス修了し、翌週3月15日にリーダーの岡山さん、徳永さんも参加して下さる嬉しいフォローアップがありました。

私は、一昨日のエピソードについて、「どうしようかな、みなさんに考えてもらうにはちょっとなぁ」と、モヤモヤしていました。 エピソードは、娘(小2)が遊びに出かける時に、迎えに来てくれた友達をイライラした口調で非難していて、帰宅後に私が「あの言い方はひどい」と指摘したら、娘が「そうだよね、Aちゃんとはいい友達でいたいし嫌われたくないから、今日のことを謝るね」と言った、というものでした。
私がパセージでいけないとされる行動をしていて、娘が私の期待通りの行動をして私の気分を良くしてくれたことはわかるけど、それ以上考えようとすると、なんだかモヤモヤして逃げたくなるのです。 
フォローアップの終わり際、15分程残して話題が途切れ、やっぱりこのままではいけない、ということだ、と、皆の前でエピソードを読みました。

みなさん、
「それって『子どもの行動に関係する親の課題』の内の『子どもへの期待』だから、共同の課題にしてはいけないって、パセージに書いてあるよね」
その通り!親の課題を子どもが肩代わり。なんてクリアな事例でしょう!どうして私はモヤモヤって思ってたの?!

その時、見えました。心の声が。 「だって娘は幼くて、友達にあんな風にイライラをぶつけたら友達に嫌われるってことを知らないのよ。私がいろいろ言ってあげたりやってあげたりしなくちゃダメなのよ」
まさかの「子育ての目標」に逆行する心の声。甘やかすのは勇気くじき。それにパセージ・プラスの講座で、よい人間関係の4つの特徴「相互尊敬」「相互信頼」「協力」「目標の一致」を学んだばかりなのに、娘を信頼できていない! 「娘が私の期待通りに行動してくれるときだけ、キラキラなイメージよね」
つまり、私の期待に反する行動は全て「あり得ないわ」って、ええっ!あまりにも競合的。 
そして極め付け。
「せっかくパセージとパセージ・プラスですてきな子育ての方法を学んだのに、それに反する私は見たくない。蓋しちゃおう♪見ない見えないわからない」
だからモヤモヤするだけで、わからなかったんだ! 
パセージ・プラスで、自己嫌悪の目的は「自分を免罪して責任を逃れること」と学びました。だから、「えーん、こんなにひどいことやっているなんて、もう、私なんてダメだわ。母親失格ね」と甘えられません。
私の、この競合的で自分勝手で無責任なところを、娘に対して(他の人に対しても)使わないように努力しなくては。 そして改めてテキストを見ると、その方法がちゃんと書いてあります。
「競合的な仮想的目標が動きそうになったときに気がついて、協力的な仮想的目標に置き換えて行動してみる」こと。これがすぐにできたら苦労はない…

こんな私に、フォローアップのみなさんは、「そのことで娘が何を学んだかを聞いてみる」ことを勧めて下さいました。娘が私の期待と反する行動を選んだ時に、とても良いことを学ぶ、ということが度重なれば、私もきっと、余計な心配をすることなく、「娘は私の期待と違う行動をしているけれど、素敵なことを学ぶだろう」と思えるでしょう。 
それにしても、自分の都合の悪いことは見えなくなる、というのは最悪です。今回は本当に、パセージやパセージ・プラスで学んだ後のフォローアップと、一緒に学ぶ仲間のありがたさを痛感しました。モヤモヤをクリアにしてくれた、仲間からのひとことひとことに勇気づけられました。 
パセージ学ぶ前、いつも「母さんは私の話を聞いてくれない」とイライラしていた娘。娘の寝息を肩に感じながら、「母さんがパセージを学ぶのを応援してくれてありがとう。母さん、今日もすごいことに気づいたよ。気づいただけ、だけど、でも、やっぱり、今日は昨日よりも子育ち応援上手な母さんだよね。」とテレパシーを送りました。 毎日がお稽古。
いつか、娘が私とは違う価値観で物事を考えても、それを認めて心から応援できるようになりたいです。